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想像力

12日に中国四川省で発生した地震は、死者が一万人を超える、と13日夜のニュースでは伝えられている。
正直なところ、このご時世に1万人もの人間が一度に死ぬことがあるとは、いい表現じゃないが「驚いた」。いや、正確に言うと阪神大震災でも7000人くらいで、911での犠牲者は3000人くらいだったはずだから、「こんなことはもうない」と(何の根拠もなく)思い込んでいたと表現するのが合っているかも知れない。

難しいもので、数千万人や一万人が一度に死んだ、と言われても数字の大小はともかく、想像が沸きにくい。
阪神大震災の場合でも、被害者数も分かる、社会インフラが破壊されてどれほど生活に苦労されたのかも、交通が分断されて多くの人が立ち往生を余儀なくされたのかも、家族の方がどんな風に家具に押しつぶされて亡くなったのかも、その後身寄りのないお年寄りが仮設住宅で孤独死されたのかも、全てニュースで伝えられる範囲では「理解」できている。
しかし、7000人とそれを取り巻く多くの人々が感じた苦しさや悲しさをイメージしきれない自分は当時中学生だった。

これもニュースを見聞きする範囲だが、今回中国で起きた地震では学校の倒壊によって、教師や生徒の多くが現在もなお瓦礫の下に埋まっているという。瓦礫の下では、ありったけの恐怖と苦痛で描かれた地獄を、小学生くらいのその小さな身体に抱え込んで救助を待っているのかと思うと、月並みな表現だが心が痛む。

中学生の時の私と違い、結婚して子を持つようになった私には、親しき者を失う悲しみが理解できるようになった。もちろん当の本人からすれば「あなたに何が分かるのよ」という話なのだが、少なくとも以前よりは「想像」できるようになった。

「日本人の乗客はいませんでした、いませんでした」との歌じゃないが、最近のニュース、誰でもよかったとか、石油ストーブや車が火ぃ噴いちゃうとか、キレる十何歳とか、別の客の食べ残しまでリサイクルしちゃうとか、むしゃくしゃしていたとか、だいたいどれも「想像力が足りなかった」と言える気がしてならない。思いやりも愛も、言うなれば想像力なんだと思っている。

だからニュースで、瓦礫の下から救助を求める女性や、余震を恐れながら路上で家族と寄り添って眠る幼い子や、幸い生き延びたものの決死の覚悟で家財道具を掘り出す市民を見ながら、目を背けないで、できるところまで想像したい。想像して欲しい。
この人たちはどんなに「悲しい」のだろうと。

その行為が「遺憾の意を表す」ことなのだと思う。

自分で書いていて、どっかで聞いたことあるなと思ったら、そういやジョンレノンが歌ってたわな「想像してごらん」って。あーぁ、なんだよパクリかよー。がっかりだぜー。

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