2月
2006
ピシピシ・パチャパチャ・カンカンカン
妻が残業だと言うので、即時にそれをOKし、保育園に娘を迎えに行く。
あいにくの雨だったことと、比較的迎えの時間までの余裕があったため、一旦帰宅した後、娘の長靴と傘を持って(普段自転車で迎えに行くところを)傘差して徒歩で迎えに行く。保育園では、同じく帰宅準備中の娘の友人(保育園では「おともだち」といふ)に「私今日車で帰るねん」とアピールされ、「えーなぁ、うち車ないから傘差して帰るわ」と、負けずと3歳児に向けて我が家の清貧っぷりをアピール。
帰宅途中にスーパーで夕飯の買い物(今日は久しぶりに、妻と娘に夕飯を振舞うことになった)をした後、家に向かう途中で娘が歌いだしたのが掲題のフレーズ。ピンときた。
童謡「あめふり」を歌おうとしているらしいのだ。帰りながら必死で思い出した「正しいフレーズ」はこうだ。
あめあめふれふれ、かあさんが
じゃのめでおむかえ うれしいな
ピッチピッチ、チャップチャップ、ランランラン
娘が傘を差しながら歌った、「拾い箇所満載」のフレーズはこうだ。
あのねでおむかえ きてくれた
ピシピシ、パチャパチャ、カンカンカン
まず、歌が途中から始まっている。これでは何の歌を歌っているのかすぐ分かる訳がない。
次に、「あのねでお迎え」であるが全くもって意味が合わない。しかし、詞の発音としてイイ線いっていると思われる。対照的に「きてくれた」のくだりは、詞が全く持って原曲とかけ離れたものになっている。想像力を働かせて意味的に補完したのだろう。
また、掲題のとおり擬音が全てデタラメだということ。水を連想させるどころか「カンカンカン」に至っては火災のイメージしか湧かない。そのあたりも昇華したうえで、ある種の「陽気さ」すら覚えるあたりは、「ランランラン」に当たらずも遠からずといったところ。
最後に、パチャパチャは雨音の表現として正しいと思われるが、ピシピシはマズい。そりゃ暴風雨だ、頬を打つような暴風雨だ。「かあさん」も決死の覚悟でお迎えに来たのだろう、経路途中の川が2,3氾濫していてもおかしくはない。
「歌、間違ってるで」と言えばそれまでだが、注意深く観察すると非常におかしい。雨のうっとうしさも忘れるくらい笑いながら帰ってくることができた。