10月
2006
モチベーション
私の友人には、仕事への意欲が低下している方がいらっしゃる。以前、会社で上の人から突きつけられた「何のために仕事してる?」という質問を、その友人も振りまいている。思えば、あれから一年くらい経過しているか。今一度、自分自身で考える機会なのかも知れない。
あれから、そのテの書籍を買いあさって読んだものの、明確に「働く理由はコレだ」というものが見つかった訳ではない。考えてみれば、そらそうである。人によって、意欲のその源泉はまちまちであるし、同じ人でも周りの環境や時期によって、異なってくるものなのだろう。ましてや本を読んで答えが簡単に見つかろうものなら、ニートなんて言葉すら存在しないはずだ。
しかし、お金(食べ物を含む)を得る理由以外に、こんなことが理由にできたらいいなと思うヒントは、幾つか見つけられた。もし、私と同じく手探り状態の暗がりの中で、突破口と表現するにはあまりにも遠いながらも、糸口なり、心もとないけど僅かな光が見えることになればと思い、今の考えを綴ってみる。
マズローの欲求段階説、というものがあるらしい。詳細は他のサイトにて情報を得ていただきたいが、身の安全や生理的欲求が確保できると、社会的・人間的な関係性や認められること(自尊)の欲求が生まれ、さらには自己実現へと意識が向くようになるというもの。もし、仕事を続ける・選ぶ理由に精神衛生を含む心身の安全や金銭的な欲求が第一にあがるのは、決して積極的ではなく、喜びや充足感を得ることを放棄してしまっていることであると認識せねばならない。
では、高次の欲求である尊敬欲求とは、単に上司に褒められることであると決め付けるには早急である。別のソースから得たものであるが、
人間の成長とは「したいこと(希望)」と「できること(能力)」と「すべきこと(責任)」のバランスを保ちながら、それぞれを頂点とする正三角形の面積を大きく広げていくプロセスだと思う。
という考えに強く共感した。人のため、社会のために尽くしているという(一種自己中心的ではあるが)充足感や感謝によって得られる自尊は、自身の中に確固と築きにくく脆いものではあるが、人として得られるものは金銭的な報奨よりも大きいのではと思っている。それを軸に、自分の能力を活かし、また、正のフィードバックでそれを高めていけるとすれば、自然と自分の希望(したいこと)が明確になり、金銭的報奨も後からついてくるものではないか。
マズローの説では、最高次元として「自己実現」の欲求を挙げているのだが、今の私には自尊を欲し、得られるようになるそのプロセスにおいて、既に自己実現が始まっているように思えることから、自己実現が尊敬欲求よりも高次元に据えられているのを理解できずにいる。しかし、利己の欲求を満たそうとすればするほど、利他の要素が不可欠なり壁にぶつかるのではないか、他者との関わりを通じて初めて自分というものが明らかになると考えたうえで、本当に「したいこと」を描いてみようと思うのです。取り留めなく書き殴りましたが以上であります。
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