自殺とか虐待とか

発熱ですっかり早くに寝てしまった妻と、随分疲れ気味の娘を寝室において、ビールを片手にニュースを見る。

親の立場である一人として随分考えさせられるものがあり、ビールが旨いと思ったのも束の間、なかなかダウナーな雰囲気で早々と夕飯を食いきってPCに向かう。自分で何が書きたいのかも分からないのだが、何もなくボヤッと考えてそのまま喉元を通り過ぎるより、今思うこと考えることを素直に書き起こしてみようと思った次第なので、とりとめのない乱文を容赦願いたい。

自殺について言うなら、こうして書く以上何かしらメッセージを発するべきなのだろうが、「生きたらいいことあるって」なんて野暮ったい説得は、自分に当てはめて考えても全く持って説得力がない上、「そりゃアンタは楽しいでしょうが」とかネクラな考えに陥ってしまうのでこれを主張とするのは控えたい。自分に当てはめるなら、やっぱ子供に苦労かけたくないと考えられるのが一番の処方箋だろうか。
そう書いてしまうと、次に児童虐待の話がしづらくなる。子供が言うことを聞かないのは、世界津々浦々どこの子供も一緒であると判っているにも関わらず、「ホントにコイツぁ言うこと聞かねぇ」と腹を立ててしまう自分に腹を立てて、抜け出せなくなってしまってる自分がまたイヤになって、とループに陥るものだ。

子供が悪いわけでも、親が悪いわけでもない(酷い虐待の場合は別だが、誰にもグレーな虐待を含む育児ノイローゼはあるものだ)。現在でも世界で億単位の「親」がそうして悩み育てている訳だし、過去に遡れば、それこそ数に数え切れない「親」が存在し、子供を育ててきたのだ。
私自身、絶対に自殺はやめようとか、何があっても虐待はしちゃいけない、なんて言える立場ではない。誤解を恐れず言うなら、他の人と同様に、死んだ方が楽だと思ったことが過去はあるし(いつだったろうか)、児童虐待なのかそうでないのか自分でも判断のつかないグレーな行為がないわけではない。楽になれる局所解を求め急ぐのもいいだろう。答えを出さず先送りにして悩み続けるのも悪くない。きっと良くなる、なんとかなると根拠のない楽観で自分に言い聞かせるのもアリだ。

誰に相談したって、ヒントはあっても答えがもらえるものじゃない、相談先だって多かれ少なかれ悩みながら生きてるのだし。

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4 Responses to 自殺とか虐待とか

  1. ひろ says:

    何か重い文章やな・・・
    元気にやっとるか?

  2. ohbatch says:

    えぇ、アホなことばっか書いてちゃいかんなと。
    寒くなってきましたし(?)、ひろさんまた飲みにでも行きましょう。

  3. ひろ says:

    オーそういえば近いしな
    ってどこやったっけ?天王寺?

  4. ohbatch says:

    ひろくん、ごめん「近いしな」の意味がわからん。
    こっちから行きますやん、福島まで。