5月
2007
今感じる閉塞感
俺が今感じてる閉塞感をリアルな言葉にしてやるよというエントリを見つけたのだが、これがなかなか面白い。自身が「某大手国立大学卒業、25才、大手IT系企業に勤める優秀な社員」と自己紹介するくらいだから、そりゃ私なんざ手も届かないくらいの基礎学力をお持ちなのだろう。逆にそれ故に今の閉塞感とが対比され、コントラストが高く映し出されているように見える。
さて、これに似た閉塞感は、おそらく誰にでも(とは言い過ぎまでも、限られた一部の人だけに当てはまる思いではないはずだ)あるように思うが「俺も含めて、おまえら正気か?」の後に続く以下の記述あたりで、私のアタマの地図をかすめる所があったので、まだ言葉にできず温存しておいたネタだがエントリとして産んでみる。
そこで「やりたくないよ」と言えない事情がある。そんなことを言ったら生産性が低下する。他の企業との競争に負ける。「はい」と言い続けてべらぼうに働く社員を持って、低コストで高い生産性を確保してる他の企業と競争したら負ける。潰れる。食えない。
私の場合、そもそも「生産性上げてどーすんの」という素朴な疑問が湧いて出る。競争に負けて潰れて仕事に困る、という答えを終着点として捉えるところに原因があると思っている。多くの場合、売り上げの増加、コストの削減(生産性向上)、シェア拡大、まー大方この辺りが終着点として耳にするあたりだろう、それ以上で上位に位置づけられる目的を耳にすることは滅多にない、あったとしても、その場の風のように、薄く静かに流されてしまっている。触れてはいけない腫れ物のように「なぜ」が出てこない。「もっと仕事をするために、仕事をする」という、言葉にすれば誰もが疑問を抱くはずの循環の中に、私を含め当たり前のように居続けてはいないか。
互いに競争する中で非協力的な戦略を選択することは、将来にわたって持続性に欠けることは明らかだ。トラックバックしたエントリに絡めて戻ると、ただ短期的利益に向かう無意識の圧力に流され「いいえ」と言わずに過ごすなら、あまりに多くの機会を逃していることにならないだろうか。
Related posts: