401kへの加入に悩む

勤め先の会社で401k(日本版401kプラン)が始まるようだ。詳しい用語の解説は文末のリンク先に委ねるが、要は自分の退職金を、所属する企業ではなく自分で運用するという年金制度である。当然、運用に失敗すれば給付される額は少なくなるし、うまく運用できれば、旧来の制度で支払われるべき額よりも多くの額を手にすることができる。
ここで焦点を当てたいのは、能動的であれ受動的であれ必然的に「資産運用」や「投資」のフィールドに身をさらさなくてはいけないということである。突然ベンチから「はい、みなさーんこちらです」と言われて連れてこられて競技場に立たされる、しかもプレイヤーとして。だったら、何の競技がどのようなルールで行なわれるかを知っておくこと(少なくとも関心を向けること)は、最も重要であり、まず初めに取り掛かるべきことだ。一度に書ききれなさそうだが、私の理解と考えを綴ってみたい。調べきって書いてないので、ご指摘あればお願いします。
妻にこの話をしたときに、まず最初に口にしたのが「定期預金でえぇわ」であった。確かに「投資」を避けるには元本保証は格好のマジックワードだ。しかし、利率が良かろうと悪かろうと、物価の上昇率よりも、その商品の利率が低ければ、結果的に損をしていることになる。これが、この競技場で勝ち負け(損得)を決めるルールなのだから恐ろしい。もちろん、それでも良い、そんな勝ち負けは気にしないという考えであれば、この先は必要ないかも知れない。
まず、そもそも退職金とは労働の対価として労働者に支払われるものであるということは意識しておきたい。つまり支払われるタイミングの異なる給料だと捉えることができる。旧制度では金額を会社側でプール(引き当て)されていた。もし会社の経営が困難になり債務超過に陥ったとき、退職金に相当する額が労働者に支払われるという保障はない。しかし、新しい制度では個人管理下に資産が移されるため、会社の状態に係わらず既に支払われた退職金相当額は保全されることになるのが、仕組みとしては大きな変更点だ。
私たちはまず確定拠出年金制度に加入するか、加入しないかの選択を迫られる。極端に本質的な違いを言えば、労働の対価をそれが発生した都度支払いを受ける(加入しない)か、後払いにするか(加入する)という違いである。ただし、その間には税金の支払いにおいて大きな差が存在する。やはり書ききれない、これ以降は次回にしたい。

Le Tour de Yodo-River

娘と二人で、淀川を見に行こうと後輪がパンクした子供乗せ付きママチャリで淀川へ向かう。コンビニで昼食を購入し河川敷で食した後、そのまま京都方面に自転車を走らせる。「どこまで行けるやろ?」と広々とした景色と、(若干強すぎる感がある)太陽の日差し、適度な心地よい風を楽しみながら、サイクリングを満喫する。
結局は1時間程で娘が「そろそろ帰りたい」とギブアップ、ちょうど私も飽きてきたところなので、ジュースを購入し一休みして汗を抑えたあとは、対岸沿いを逆方向に走らせ、帰路に就く。
帰ってきてみたら、距離25km、(昼食、休憩含め)4時間の行程。日焼けと疲労が酷いが、充実感と達成感が心地いい。詳細は以下リンク参照。(出発地点/折返し地点の地図・写真

私のではない私の仕事

会社で後輩がぶちまける不満に耳を傾ける。誰も気付かなかった仕事や、守備範囲と守備範囲の隙間の仕事に振り回されているという話。決して愚痴ではなく(時によっては、もしくは彼の精神衛生によっては、愚痴っぽくなることはもちろんあるが)、散々課題を挙げてくれるも最後には「けど、誰かやらないと進まないでしょ?」と、荒廃しきった景色の中で光を見せてくれるその姿に感服。
この守備範囲(担当範囲、責任範囲)の隙間で生じるグレーゾーン、そこから生まれる品質低下について、以前からすごく気にかけていた。しかし現時点で「ならばグレーゾーンに対し積極的に領空侵犯を試みる」ことから一歩踏み込んだ、私なりの考えが見つからずにいる。
おそらく守備範囲というのは、線で円を描いて範囲を特定するのではなく、モンテカルロ法のように無数の点をそれぞれ「範囲内/範囲外」と評価し、視覚的補完によってぼんやりと見えてくるおおよその「円」を想い描く方法でしか語れないのではないだろうか。であれば、常に範囲内と想い描く箇所に範囲外の点が存在するリスク(またはその逆のリスク)は、はなからゼロにできないという前提に立つ必要がある。ちょっと結論を急ぐようだが、その前提に立てば、グレーな座標値にある点を見つけた場合の対処方法(具体的なものでなくても)や予算・スケジュール、そして何よりもその心の準備が当然必要になってくる。
内田樹氏のブログに年金問題というシステム(制度)の欠陥について言及されている。先述の「心の準備」にあたると考えるメンタリティの問題についてにも触れられており、大いに同感するものがあるので一部引用させていただきトラックバックしてみる。

グレーゾーンにはそのようなミスが構造的に誕生する。「それは私の仕事じゃない」これがわずかなミスを巨大なシステム・クラッシュに育て上げる「マジックワード」である。たしかに「予防」は仕事をふやす。場合によっては「自分のミスではないミスの責任者」というかたちでネガティヴな評価を受けることもある。けれども、それがいちばん効率の良いシステム防禦策である。「いいよ、これはオレがやっとくよ」という言葉で未来のカタストロフは未然に防ぐことができる。けれどもカタストロフは「未然に防がれて」しまったので、誰も「オレ」の功績を知らない(本人も知らない)。そういうものである。(Who is to blame?/内田樹の研究室)

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