私のではない私の仕事

会社で後輩がぶちまける不満に耳を傾ける。誰も気付かなかった仕事や、守備範囲と守備範囲の隙間の仕事に振り回されているという話。決して愚痴ではなく(時によっては、もしくは彼の精神衛生によっては、愚痴っぽくなることはもちろんあるが)、散々課題を挙げてくれるも最後には「けど、誰かやらないと進まないでしょ?」と、荒廃しきった景色の中で光を見せてくれるその姿に感服。
この守備範囲(担当範囲、責任範囲)の隙間で生じるグレーゾーン、そこから生まれる品質低下について、以前からすごく気にかけていた。しかし現時点で「ならばグレーゾーンに対し積極的に領空侵犯を試みる」ことから一歩踏み込んだ、私なりの考えが見つからずにいる。
おそらく守備範囲というのは、線で円を描いて範囲を特定するのではなく、モンテカルロ法のように無数の点をそれぞれ「範囲内/範囲外」と評価し、視覚的補完によってぼんやりと見えてくるおおよその「円」を想い描く方法でしか語れないのではないだろうか。であれば、常に範囲内と想い描く箇所に範囲外の点が存在するリスク(またはその逆のリスク)は、はなからゼロにできないという前提に立つ必要がある。ちょっと結論を急ぐようだが、その前提に立てば、グレーな座標値にある点を見つけた場合の対処方法(具体的なものでなくても)や予算・スケジュール、そして何よりもその心の準備が当然必要になってくる。
内田樹氏のブログに年金問題というシステム(制度)の欠陥について言及されている。先述の「心の準備」にあたると考えるメンタリティの問題についてにも触れられており、大いに同感するものがあるので一部引用させていただきトラックバックしてみる。

グレーゾーンにはそのようなミスが構造的に誕生する。「それは私の仕事じゃない」これがわずかなミスを巨大なシステム・クラッシュに育て上げる「マジックワード」である。たしかに「予防」は仕事をふやす。場合によっては「自分のミスではないミスの責任者」というかたちでネガティヴな評価を受けることもある。けれども、それがいちばん効率の良いシステム防禦策である。「いいよ、これはオレがやっとくよ」という言葉で未来のカタストロフは未然に防ぐことができる。けれどもカタストロフは「未然に防がれて」しまったので、誰も「オレ」の功績を知らない(本人も知らない)。そういうものである。(Who is to blame?/内田樹の研究室)


投稿後 p.s.
こんな時間に1時間半もかかってエントリを書いていては明日に響く。何度失敗してきたことか、と悔いるも書き始めたら止まらない。

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