ケーキを焼いてみた

最近、めっぽう興味深いのが「ケーキ焼き」、私の心をギュと掴んで離さない。
あぁ~ああ、あ~(ToT)
大変誤解を招く表現である。というより立派なウソである。
ほんのお茶目な出来心であって、決してタイトルで目を引こうとしたのではない。
最近、めっぽうハマっているのが、PHPのためのWebアプリケーション・フレームワークの”CakePHP”。どうやら流行の「Ruby on Rails」に触発されたものらしい。10分で作るCakePHPアプリ for Windowsなるページを発見し、その素早さに感激。左記のページでは、インターネットに繋がったWindowsで動作環境をインストールするところから始めて、WebベースのDBアプリを10分で作る工程がムービーキャプチャで収められている。しかも、料理番組でよく見かける「3時間冷蔵庫で冷ましたのがコチラです」などというショートカットは抜きだ。「Railsに触発」ってあヤツ(Rails)は、こんなことが出来る代物だったのか。そら「早い早い」と騒がれる訳だ。
上記紹介ページで10分の間に作成されたものは「scaffolding(足場組み)」と呼ばれる一種のジェネレータで作られており、実際のアプリとして公開するにはカスタマイズが当然必須だ。しかし、面倒臭い箇所がカプセルされ、根幹が一瞬で組み上がるこの仕組みは、開発の敷居を低くするという観点において非常に魅力的であり、またそのことによって、開発時間を創造的かつ独創的なものに充当できることは想像に難くない。
こういった魅力・特長は、知る人からすれば「今更感」漂う話なのかも知れないが、どれだけ「いやいゃ、もうそれが『普通』だって」と何度言われようとも、この受けたインパクトの大きさはここで素直に表現したい。CakePHPを利用する開発者を俗っぽく「baker(=パン・ケーキ職人)」と呼ぶらしい。こんな些細なことまで「なんとまぁ、洒落の効いたことでしょう(住居のリフォーム紹介番組で、突然ライフスタイルが考慮された収納スペースが出現した時のナレーション風)」などと思えてくるのは一目惚れの証だろうか。このフレームワークはちょっと本気で勉強したい。

投票行ってみようかな

日曜日は、自身のアルコール摂取許容量を幾分超えたために選挙速報を見ずに寝てしまった。翌日になって早速興味深いエントリをSBNより発見。

「大事な選挙権を使わないなんて!」という気持ちよりも「大事な時間を投票に費やすなんて!」と思います。「選挙権を放棄する」というライフハック

先日の選挙では、5年振りくらいに投票所に赴いた。実は、別段関心が高かったからではなく「妻に誘われて」というのが理由であることは、善良市民であれば隠すべき理由であるかも知れない。概ね当エントリの論には、賛成ではないが私自身に当てはまる箇所は多い。関心があっても、それが面倒さを上回った数は少ない(唯一、選挙に対し異様に関心を向けたことがあったが、投票の帰り道に「おとなのかいだんのぉーぼるぅー(想い出がいっぱい/H2O)」と口ずさんでいたことからして、関心の対象は政治ではなく投票そのものだったと思われる)。
投票しろとか、するなとか、しなくてはならないとか言うつもりはない。しかし、この権利は軽視したり粗雑にすることがあってはならないのかなと思っている。私にしては、健康、義務教育や、安っぽい恋愛ドラマや幼い頃に嫌々課せられたピアノのお稽古のように、ことの重要性を見失いがちな、易く言うなれば「亡くして重みに気付く」ものの一種だと考えている。私たちは、この権利について、過去の先人達が場合によっては血を流してまで勝ち得たものだと教わってきた。そう思うと、自戒しなくてはいけないなと反省している。
早く電子投票とかできるようにならないかな。いや、それは行かない理由にならないのだが。

参政権って重いのか?すげぇのか?

日曜日は、自身のアルコール摂取許容量を幾分超えたために選挙速報を見ずに寝てしまった。翌日になって早速興味深いエントリをSBNより発見。

「大事な選挙権を使わないなんて!」という気持ちよりも「大事な時間を投票に費やすなんて!」と思います。「選挙権を放棄する」というライフハック

先日の選挙では、5年振りくらいに投票所に赴いた。実は、別段関心が高かったからではなく「妻に誘われて」というのが理由であることは、善良市民であれば隠すべき理由であるかも知れない。概ね当エントリの論には、賛成ではないが私自身に当てはまる箇所は多い。関心があっても、それが面倒さを上回った数は少ない(唯一、選挙に対し異様に関心を向けたことがあったが、投票の帰り道に「おとなのかいだんのぉーぼるぅー(想い出がいっぱい/H2O)」と口ずさんでいたことからして、関心の対象は政治ではなく投票そのものだったと思われる)。
投票しろとか、するなとか、しなくてはならないとか言うつもりはない。しかし、この権利は軽視したり粗雑にすることがあってはならないのかなと思っている。私にしては、健康、義務教育や、安っぽい恋愛ドラマや幼い頃に嫌々課せられたピアノのお稽古のように、ことの重要性を見失いがちな、易く言うなれば「亡くして重みに気付く」ものの一種だと考えている。私たちは、この権利について、過去の先人達が場合によっては血を流してまで勝ち得たものだと教わってきた。そう思うと、自戒しなくてはいけないなと反省している。
早く電子投票とかできるようにならないかな。いや、それは行かない理由にならないのだが。

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