家主様現る

フロネタに尽きない。
我が家のフロの解体工事を終え、家主の見学会を催す。いや家主が現場を見たいとの理由でうちに来るらしい。妻と私は「絶対に家賃増額交渉だ!」と目を合わせ、意味もなくただ何度も半笑いでうなづき合う。
「何と言っても家主様だから、上がっていただいてお茶でも振舞う方が良いか?」との妻の相談にも「もちろんだろう。何と言っても家主様との価格交渉の場だからな」と来たる場のセッティングに余念がない。
土曜日朝、「ライフセーバーか!」と呟きたくなる黄色のようなオレンジ色のようなジャンパーを着て「家主様」はやって来た。現場を一通りご覧になる。といっても解体しただけなのでコンクリうちっぱなしにガス管やら水道管がむき出しになっているだけで見るものはなにもない。かといって「以前はここに蛇口があったんですね、今度はこちら側になるんですね」などといったセリフも出てこない。いや、きっと「蛇口がどこにあったか」なんて家主様には覚えがない、というか興味はないはずだ。家主様の興味はカネだ、まさに今日の趣旨は価格交渉と見て間違いない。
その後ダイニングへ通したものの、なんと家主様はたいした話をすることもなく帰られた。
おかしい。
この総入れ替え工事で、総額50万円近くはしているはずだ。コストではなく明らかに資産価値が向上しているのだから家賃の上昇は免れない。この風呂は我慢ならんが今の家賃の安さなら仕方ない。と思わせる風呂が新しくなったのだ、そう家賃が据え置かれる理由はないはずだ。
どう考えてもおかしい。 そう思った矢先、チャイムが鳴る。
なんと家主様再び降臨。
半開きの玄関から顔を覗かせてのたまう。
「そうそう、あの、この工事ね、結構かかってるんでね、家賃をね、5000円ほどね、上げさせてもらえるやろか。すんまへんな、来月12月からね」
そして去っていく家主様。
唖然! 愕然! これは交渉じゃなくて「通知」だ!
しかも口頭!
実は事前から、家賃を5000円程上げてでも風呂を新しくしたい、と思っていたので、家賃増額は喜んで引き受けたいと思っていた。むしろ修理や買い替えに渋るようなことがあれば、こちらから増額を申し入れしてでも風呂を直したい、新しくしたいと考えていた。なので、むしろ価格交渉の場のセッティングとは、バトルの場でも何でもなくて、双方納得で正式に合意のいわば調印式のようなものを想定していたのだ。一体家主様は、どういうシナリオを描いてうちにやってきたのだろうか。今日の結果と照らし合わせて想像すると笑いが止まらない。

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