赤川プチツアー

自宅から北西に向かって30分程自転車を走らせたあたりに「赤川鉄橋」と呼ばれる橋がある。何やら古ぼけていて、その用途が珍しい。という程度しか知らない。
土曜日からの雨は午前中いっぱいであがり、残りの「休日」をどのように過ごそうか考えあぐねていた矢先、先述の「赤川鉄橋」の存在を思い出し、妻に聞いてみた。
曰く、城東貨物線という貨物列車専用の線路で架けられた鉄橋なのだが、近隣住民用に歩行路が儲けられているとのこと。その歩行路が古い木製であること、また歩行路のすぐ真横を貨物列車が通り過ぎることがあり、とてもスリリングなのだと言う。
何度かその橋を利用したことがあって、と妻は続ける。その橋の珍しさから、鉄道ファンやカメラファンらしき人々が貨物列車を撮影する光景を何度か目にしたのだ。と熱のこもった説明をしてくれた。
わかった。
ここまで聞いてやっとわかった。
鉄っ気の多い人間にとっては聖地とまでは大袈裟でも、赤川はおそらく一種の巡礼地に近いものに違いない。やけに妻の説明に熱が入っている理由*も頷ける。
ならばと、早速その「赤川鉄橋」に行ってみようではないか。
riverside glow赤川鉄橋20081116 – a set on Flickr
* 妻は、鉄っ気の多い鉄道ファンだ。

リセット!

リセットしたい。という衝動や傾向は誰にでも見受けられるものだろう。
「全部チャラにしないと打破できない」という妄想は、不確実性を残したまま「リセット」を促す誘惑に負けてしまう。
自分のことを誰も知らない土地へ旅をする。
宝くじが大当たりさえすれば人生変わると思いを馳せる。
未経験の職種に転職して活躍する夢を見る。
要るかも知れないものも含め取りあえず全部捨ててみる。
拡張できずにシステムを全面公開する。
議会の解散を訴える。
CIやボードを一新する。
駆け落ちとかしてみる。
あるいは挙げ句の果てに自らその命を絶つ。
リセットは時に、敵前逃亡といったネガティブに捉えられる。現状突破の意志があるにも関わらず、その閉塞感の発生源に目を向けていない(あるいは背けている)という印象を持ってしまいがちであるからだ。
しかし、リセットが功を奏するケースも大いに存在する。なら、結果論として、リセットやら敵前逃亡呼ばわりされることとの違いは何か。
人間が持つリスクテイキングにおけるバイアスを踏まえているか。正のエネルギー、つまり卑屈にならず攻めの姿勢であることを自覚しているか。リセットしないモノを選り分け確保しているか。こんなあたりだろうか。
気が向いたら詳しく掘り起こしてみたい。

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