5月
2009
ねじけぬ むつび
久々に実家に帰省すると玄関に到着するなり、実家のペット(犬・メス)は、けたたましい勢いでフローリングを「カリカリカリッ・・・」と鳴らしながらこちらに走ってくる。
荷物を下ろして一息つく間も与えられず、10分ほど彼女(犬・メス)は、跳びはねたり、潜り込み絡んだり、顔を舐めたりしてじゃれてくる。彼女(犬・メス)が小さかった時は、あまりの興奮で、よくお漏らしまでしたものだった。
はてさて「コイツは何をここまで嬉しがるのだろう」と少しねじけた疑問が沸いた。というのが今回のお題。
彼女(犬・メス)にとって、私はそこで一緒に暮らす人間でも、ましてや家の主でもない。せいぜい1,2ヶ月に一度帰省する程度だ。それなのに、マンガの描写のような速度で尻尾を振りながら、一体何を喜んでいるのだろう。
寄ってくる彼女(犬・メス)を「仕方ないなぁ」なんて言いながら、まんざらでもない様子で撫でてあげていた自分に気付く(*1)。
そういえば、生まれたての乳児は、その小さな身体に「自意識」や「感情」というものを宿す以前から、人の顔を見ると「微笑む」ことがあるらしい。これは、「新生児微笑」と呼ばれ、世話をしてくれるであろう相手から愛情を引き出し、自分に向けさせるためのようだ。
本人は意識しないまでも、あまりにも弱く小さなその生命を、愛され守ってもらうために、本能的に組み込まれたメカニズムらしい(*2)。
子供にとっては、その後も一定の年齢まで親のことがまさに「創造主」みたく神に近いような存在であり、私たちに絶対的な信頼と好意でもって接してきてくれる。
悲しいことではあるが、例え自身の子供を虐待してしまうような(「人間じゃない」とさえ形容できそうな)両親であっても、彼・彼女らにとっては、それでも親は絶対的存在であり、一番大事な存在なのだ(*3)(非道にも我が身を虐げる両親にさえも、微笑みを向ける新生児を、勝手に想像しては、勝手に胸が痛んで、勝手にやりきれなくなってしまう)。
少し話が逸れてしまったが、幼かった我が子もそうだったし、実家で毎回尻尾を振りフローリングで足を滑らせながらも走ってくる彼女(犬・メス)もそうだが、
「直接的・明示的に私に請うことなく、私から愛情を向けてもらうこと」
に成功しているのだ。ただ自分から親しみを発するだけで。
昔何かで読んだのだが、とある実験で、相手(サクラ)から好意を持たれていることを知らされた被験者は、その相手(サクラ)に親しみを覚え、好意的に捉える傾向が強い、という結果が見られたらしい。
人間関係をつなぐ糸は、今やまるで薄くなりすぎた紙テープのようで、誰かの吐く溜め息ですら切れてしまいそうだ。
見返りを求めず相手に親しくしてみよう、と言えば、少々暑苦しくて好きではない表現だが、子供の笑顔や子犬の尻尾などの無邪気な好意を見ていて、ふとそんなことを思う。
*1 実家の子犬
後で知ったのだが彼女(犬・メス)は、身内だけでなく、郵便配達人や散歩中の近所の見知らぬ人に対しても、私と同じように尻尾を振りながら「誰にでも付いて行く」らしい。orz
*2 新生児微笑
生理的微笑とも呼ばれる。関係ないが「生後1ヶ月で笑顔をつくれるわが息子=やっぱり天才? – 教えて!goo」にある質問が微笑まし過ぎる。
*3 オカアサンが一番
関連エントリ:オカアサンがイチバンデース
(ちなみに、この絶対的な両親像が崩れて始めるのが、いわゆる「反抗期」ではないかと勝手に考えている)
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