社会: 2006年9月アーカイブ

父親のすすめ

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父親のすすめ

父親のすすめ
日垣 隆 
文藝春秋
父親のすすめ(Amazon.co.jp)

23歳にして父親となり、現在3人の子供を持つ作家・ジャーナリストによる子育て論。「ダメ親でいい」などと、現実に目を背けない実践的な内容で、大衆論・一般論に流されない独特な意見展開が痛快だ。
(自分の子が)二十四時間三百六十五日ずっと「いとおしいか」と問われれば、そんなわけあるか、と申し上げるほかありません。

内容としては、小遣いについての考え方や、一緒にフロに入る期限、進学を含めた教育の方針などが紹介されている。読んでみて思うのは、子育てとは本当に自分のアイデンティティが剥き出しになるということ。先日、近々ご結婚される会社の先輩に「結婚したらカルチャーショックを受けると聞くけど、実際どう?」と質問を受けた。結婚による同居生活でカルチャーショックがあるのはもちろんだが、子供が生まれて育児をするようになってからのカルチャーショックは、その倍はあるといいたい。自分自身が幼い頃から長い年月をかけて形成してきた思考プロセスを再認識するきっかけであるように感じる。自分があらゆる物の良し悪しを子供に教えていかなくてはならず、その判断の過程の理不尽さが、大人の今になると、当たり前に感じていたはずなのに疑問が湧いてきたりするのだ。

かなり逸れてしまったが、育児にかかる自身の方針を語ることは、その人の個性が強烈に色濃く描かれるような気がすると言いたかったのだ。子供が自分を映す鏡だという表現を改めて感じるとともに、育児の奥の深さを垣間見た気がした。

男親の育児は楽しい
と著者は最後に締めておられる。

格差社会の結末

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格差社会の結末 富裕層の傲慢・貧困層の怠慢

格差社会の結末 富裕層の傲慢・貧困層の怠慢
中野 雅至 
ソフトバンククリエイティブ
格差社会の結末 富裕層の傲慢・貧困層の怠慢(Amazon.co.jp)

「格差」は政策によって生み出された人工的なもの(=政災)か、それともグローバリズムに身を任せた自然な結果(=天災)か。

この本を手にしたのは、格差を気にし始めて、ついにそのメカニズムにまで興味が及んだ結果だ。小泉政権による政策と格差拡大の因果関係について述べた後、現在拡大しつつある格差に対し、国民が格差縮小の声を上げ始めるための鍵を探り、さらに今後格差の拡大、固定化を防ぎつつ現在の政策路線を維持するために強化される政策を予測するという大胆な内容だ。

富の再配分という非常にセンシティブな問題について、客観的事実を列挙しながら大胆な予測を挙げるも、その予測の多くは決して奇抜なものではなく、悔しくも(?)大方納得してしまった。「『格差容認』から『格差への怒り』に変わるXデーの条件とは」という章では、富裕層、貧困層が抱く不満の矛先が政策の内容によってどのように変化するのかが予測されており、「行動経済学」でも述べられていたような、まさにゲーム理論さながらの世界が描かれている。

別に読んだからといって、富裕層の仲間入りができるとか、貧困層に落ちる心配がないということではない。自分の幸せって一体何だろうか、その幸せにおいて金銭に期待する役割って何なのだろうかと考えてしまった。私はとても他人や、まして国家の幸せを思う余裕もなければ、その器もない。

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